ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

『付き合ってあげてもいいかな』を読んでいなかったからマウントは取れない

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完全にしくじった。

年の瀬はマンガ・ランキングのシーズン。この1年間でどのマンガが一番面白かった? 私が所属しているサークル「漫画トロピーク」でもランキングの企画が毎年行われており、つい最近ベストnが決まった。現在鋭意編集作業中で年末コミケで頒布の予定なわけ。それで、メンバーの総意で決まった上位のマンガに、私が読んでなかったマンガが沢山あったわけだ。それは私の失態なんだが、しかし上位のマンガはホンマにオモロイんかいなと、ざっと読んだんだな。で、某順位の『付き合ってあげてもいいかな』も読んだんだが、面白すぎて、マジな話、たまげた。完全にミスった。なんでこんな面白いマンガを見逃していたのか。アホか。というか尊い。尊み秀吉よりも尊い。尊すぎて、読みながら漕いでいたエアロバイクが止まらなくなった。エアロバイクも私も熱暴走し、果てた。

完全にミスった。

私はもうマウントを取れない。

「『付き合ってあげてもいいかな』ですか? マンガワンで連載始まった時から読んでますが何か」とのたまう人間に私は一生マウントを取れない。

しくじってしまった。

しかし、待て、待て。それでもまだ私はマウントを取れる。まだ「『付き合ってあげてもいいかな』を読んでいないand ifそれを読んだら面白いと感じる」人間に対してのみマウントを取ることができる。

私がマウントを取るためにも、あなた方にもこのマンガを読んで欲しい。そして、尊み秀吉よりも尊くなって欲しい。そう願って、この度私は筆をとったわけなんですね。

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あらすじ:犬塚みわは大学に入学したばかりで、新しい恋を始めたいとぼんやりと思っていたものの、新歓時に知り合った猿渡冴子の他に友人すらろくに出来ていなかった。美しい容姿の彼女は、冴子と共に何となく入った軽音サークルの新歓コンパでも早速男にモテてしまうが、同性愛者である彼女はそのことを告げる勇気もなく、溜め息をついていた。そんな飲み会の帰り道、酔っぱらった状態で冴子と2人で恋バナに花を咲かせていたところ、冴子も同性愛者であると知る。そして互いにカミングアウトした直後に、みわは冴子にこう告げられるのだった。「せっかくだからあたしたち、付き合ってみない?」と……。 

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左が冴子、右がみわ

2018年8月より「マンガワン」にて連載中で、同アプリ内でも人気は高い(何で読んでへんかったんや)。既刊2巻。3巻は12月に発売予定。

あらすじで記した通り、ジャンルはガールズラブ。いわゆる百合漫画。あるいは女女漫画。このジャンルは急速に市民権を得てきており、今や石を投げれば百合に当たる状況である。百合といっても、度合いは作品によって様々で、たとえば百合空間というか、百合カップルまみれの世界観で、現実とは距離のあるファンタジーじみた作品も多い中、本作はかなり現実に寄って描かれている。舞台は主に大学の軽音サークルなわけだが、いかにも一般的な大学の一般的な軽音サークルの雰囲気(多分)で、陰キャ陽キャが入り乱れ、レズビアンに理解がある人からそうでも無さそうな人まで、今時の令和の空気感に近いものがある(多分)。また本作は(ステレオタイプな恋愛漫画でよくみられるような)付き合うまでの紆余曲折を描くものではなく、付き合ってからの苦楽を描いているのも特徴としている。

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思慮の浅い声をかけられることもある

上記のあらすじは犬塚みわを主人公のごとく書いたが、それはオープニングがみわ視点であったためで、実質的には冴子も同等に主人公である。この漫画は、各話ごとに視点人物が明確に決まっていて、基本的にはみわ視点か冴子視点で話は進む(視点人物以外のモノローグは一切排除される)。時折例外的に他のキャラクターの視点となることもある。後述するが、これら視点の使い分けはかなり徹底して運用されており、この漫画を語る上で見逃せないポイントと言える。

さて、我々は令和になっても小池一夫の呪縛から逃れることは出来ていない。つまり漫画の面白さの大部分はキャラクターの魅力に左右されるわけだが、実際、本作のみわと冴子は十分魅力的な主人公である。

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いかにもモテそうなみわ。ちなみにこの漫画は、ブラ紐をちゃんと描く。

犬塚みわはどちらかというと受動的で、美人・不器用・嘘をつけない・流されやすい、といったキャラ。猿渡冴子は能動的で、大雑把・器用で世渡り上手・社交的、といったキャラ付け。これらはあくまで基本的な要素であり、それぞれの過去に根付いた業があることが徐々に明らかになっていく。そして簡単には変えることが出来ないその業から生じたパーソナリティの違いが、少しずつ2人の間のすれ違いを生んでゆく。そのすれ違いの描き方は、なかなか容赦がない。ある意味では突き放したように、残酷に冷徹に描かれている。ステレオタイプなエンタメであれば、ひとつ困難が生じれば解決し、また次の課題が出現してはクリアし……の繰り返しだが、この漫画ではひとたび生じた不協和は簡単には解決されず、その後もずっとシコりが残り続ける。この辺りは妙なリアリティを感じさせる。こういうこと、なんか現実にもよくある気がする、と。これは当たり前と言えば当たり前で、人間と人間は互いに分かり合えない部分が存在するのは当然で、そこにどう折り合いを付けたり妥協したりするかが大人の付き合いというものである。そして本作の主人公たちは互いの価値観が結構違うし、揃ってかなりめんどくさい女である。めんどくさい過去を背負っているし、めんどくさい性格をしている。というか、見ようによってはクソ女であるとも言える。しかし同時に魅力的で可愛い。読者としては共感できる部分も多い。

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冴子の業

これらの描写は、確かな演出の実力に裏打ちされている。視線誘導などのテクニックは基本的ながらも、かなり意識しているさまが随所に見受けられる。(全然関係ないが、某週◯少年ジャンプとかではこういったリテラシーがまったく共有されていないようで、新人の新連載などでも全くもって読みづらいことが多く、指導すべき編集者の杜撰さには目を見張るものがあり、視線誘導警察の私は毎回キレている。決めゴマで、主人公の必殺技が左から右に放たれるのを見る時などは力が抜ける。こういった素養はたとえば講談社などは一枚上手な印象がある。さすが四季賞とちばてつや賞を擁する出版社やで)

で、テクニカルな画面作りで私が気に入ってる場面の一つがこれ。

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私の乏しい知識からは、この手の画面作りは元々は少女漫画の系譜に近い(たぶん)。まぁ今や至る所に輸入されて、極端な例では西村ツチカなんかがこの手の妙手と思われるが……(たぶん)。ちょっと、詳しい人、教えて欲しい。

絵柄としては、分かりやすく画力が高いというわけではないが、かなりの安定感があり、スルスルと目に入って、ストレスが少ない。恐らく絵に載せる情報の足し算と引き算が上手いのだろう。キャラの造形は志村貴子にやや近い。場面転換のテンポなどもそういえば志村貴子に似ているところがある。

さて、このあたりで、先に少し触れた、視点の固定化が発揮している強さについて説明したいと思う。

先述のとおり、第一話はみわ視点。第二話もみわ。第三話は冴子視点。第四話は冴子。第五話はみわ。第六話もみわ。第七話は冴子。と、各話で視点はバラバラであり、モノローグがあるのは視点人物のみ。視点人物以外のキャラの思考は明示されないので、こちらで想像しなければならない。読者は基本的には視点人物に感情移入する力学が働くので、相手が場面場面で何を考えているのか、主人公の一人といっしょにヤキモキするわけだ。そしてこれが漫画の醍醐味なのだが、優れた演出を読み解くことで、キャラの心情を解釈することができる。視点人物の心情にはブーストがかかるし、相手キャラの心情は推測ができる。この旨味を味わうこと、それが限界感情エモエモへの一歩なのである。

最近『僕の心のヤバイやつ』という漫画が超絶市民権を(私の観察領域で)得ているが、あれは視点の固定化が最大限の力を発揮して成功に結びついた好例だろう。(と、今井哲也も褒めていた。)

ちなみに軽音サークルの友人などのサブキャラクターも時折視点人物になり、主人公たちとは全く違う価値観の提示を行い、世界の奥行き、ないしは立体感をもたらしてくれている。これは群像劇とはやや異なり、あくまで主人公二人の立っている足場を堅固にしてくれているもの、と捉えている。

若干話題はシフトするが、上のシーンをもう一度例に取る。ここは冴子視点で、じっくり読まないと分からないが、実は彼女自身もまだ気付いていない己の鎖に半ば縛られている、というシーンである。実は既に二人にひずみが生じていることを彼女たちは未だ理解できておらず、読者(あるいは神)視点のレベルで初めてエモさが生じている。すなわちこのエモさは、キャラへの共感から生じるそれよりも一段階メタのポジションから生じているわけで、技術点が高い。こういった読解が要求されるシーンは時折出てくるが、作者のリテラシーも高ければ、読者へのリテラシーもある程度は要求されている。望むところではないか。それでこそ初めて見える景色があるというものである。

最後にもう一つ、ダメ押しで例を。

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これは第一話の一場面であるが、少ないコマで多くの情報量があるのが分かるし、読みやすい。食事の内容で性格の違いを表し、冴子の鋭さやみわの流されやすさも一瞬で伝えている。しかもこれらはキャラの根幹となる性格要素で、今後作中で一貫して問題になってくる。場面転換もスムーズでこなれている(左下のコマは新歓コンパの場面)。相当上手い。

 

と、いう風に、漫画も上手いし、キャラも立ててるし、舞台のリアリティも優れているし、非常に感心させられる漫画である。もちろん面白い。作者は商業連載としては2作目であるが、バックグラウンドとしては、コミティアにて腕を上げてきていたようである。私は関西住みなので東京のコミティアには簡単には顔を出せないが、こういう作者を青田買いできるのなら、コミティア沼にハマる人がいるというのも分かろうものである。で、そんなコミティア沼にどっぷり昔から浸かっている人間も所属している「漫画トロピーク」は年末のコミケにて、2019年漫画ランキングを収録した冊子を頒布予定だよ。是非試しに読んでみてね。

はい、というわけで、『付き合ってあげてもいいかな』は優良女女漫画。百合をあんまり嗜まない人でも、男女漫画とはまた違う機微を存分に味わえるので、読んでみるといい。百合好きには言うまでもないし、まぁ大体の百合好きは既に読んでいるんでしょうな……。

ネタバレに配慮しない感想文はまた後日書くかも。よろしくね。

付き合ってあげてもいいかな(1) (裏サンデー女子部)

付き合ってあげてもいいかな(1) (裏サンデー女子部)

 
付き合ってあげてもいいかな(2) (裏サンデー女子部)

付き合ってあげてもいいかな(2) (裏サンデー女子部)