ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

現実的な日記13-3

聴覚に集中してみると、先ほどまで聞こえていたはずの喧騒が止んでいることに気づく。状況を鑑みるに、当たり前といえば当たり前なのだが、今の今まで、集中をしなければ気づかなかった。これも不可思議な現象だった。

しかし、全くの無音というわけではない。ゴポゴポと、まるで良く手入れされている水槽のような音がそこかしこから聞こえてくる。発生源はすぐに見当が付いた。元人間(?

)の青い柱たちである。耳を近づけて確認をしたいという衝動にかられたが、間違って触れてしまうと危ないと思い、押し留めておくことにした。

続いて嗅覚。なんとなく、何かが焼き焦げたような、若干香ばしいような、そんな匂いがする気がしたが、そもそも私は生来的に鼻が悪いので、自信が無い。気のせいかもしれない。どのみち、匂いの出どころの見当は付かないし、この件は保留しておくことにした。

味覚は飛ばすとして、最後に視覚であるが、それは見えている範囲内で、先ほどから十分承知していることである。360度、確認してみても、五本足の犬が消えていることと、青い柱があちこちに見えていること、それらのいくつかは移動を続けていること、やはりその程度しか分からなかった。

が、ふと見えていないものが一つあることに気づいた。自分が背負っているリュックである。これだけは確認していなかった。自分のものなのだから、何も異変が起きていないはず・・・と思いながらも、確認するに越したことはない。

リュックのジッパーをゆっくりと開けてみた。

現実的な日記13-2

そそり立つ青色たちが動き始めた。

触れてはならない、触れられてはならない。そう直感していた私は、不規則な動きにみえるそれらにぶつからないよう、細心の注意を払い、避け続けた。最初、速度もバラバラ、方向もバラバラに、法則なしに動いているかと思ったが、ホームに列を形成しているままの青色を見て気づいた。この青色は人間の動きと変わらない。なんのことはない、現実の人間が青色の棒として反映されているだけなのだ。

だからといって、接触による危険の直感がぬぐい去られたわけでは無い。何故だろうか。青色を注意深く避けながら、考えようとしてみたが、少々思考の材料が足りないように思える。まずは五感を使って観察してみることにした。

さしあたって、触覚に集中してみた。すると、肌に触れていたはずの、夏の暑さと駅の空調が混成した、じっとりと生暖かく不快な空気が、いまや感じられないことに気づく。暑いといえば暑いのだが、なんというか、カラっとしている。こう表現するのもおかしい気もするが、空気に"ぬめり"というものがあるとして、それが無い。普段あるはずのものが無くなって、初めて存在に気づくといえば良いのか。真空を体験したことは勿論無いが、もしかしたらこのような感覚なのかもしれない。

続いて聴覚に集中してみる。

現実的な日記13-1

ゾーンに入ってきたのはつい先日のことである。

大阪は梅田駅のホームの壁に、犬の落書きがしてあり、なんとも言えない味があった。アホ面をした犬の単純な絵なのだが、よく見ると足が5本ある。見れば見るほど気になって仕方が無い。それに触れる理由は無いのだが、何故だか触れなければならない衝動にかられ、ついついその味犬を撫でてしまった。

すると、ナンということか。突如視界がぐにゅあと変転し、めまいとともに激しい吐き気にかられた。当然、その場に立っていられなくなり、座り込んでしまった。同時に異変を感じ、ふと壁を見ると、味犬がてててと動き出し、なんと目の前の壁から抜け出て、あさっての方向に去ってしまったでは無いか。

周りを見渡すと、大勢いたはずの人々が誰もいなくなっている。その代わり、人々がいたはずの場所に、奇っ怪な青色の棒が、ゆらゆらとゆらめいている。自分以外の人間は、見当たらない。

あの青色の棒に触れてはならない、と直感した。意味が皆目わからないが、アレに触れると遠くに飛ばされて戻ってこれないような、そんな予感があった。

青色が蠢き始めた。

バーバリアン"よしだ" その2

罵倒子さんは今日もバーバリアンのために新しい脳を焼いている。

「バーバリイェン、アッタラシ、オミソヨ!」という決め台詞を放ちながら、脳ミソをバーバリアン"よしだ"の頭部に向かって投げる、ということを、ひと昔前はよくやっていた。世間的にも一種のブームみたいなものだった。

しかし今では罵倒子さんの筋肉も衰えてしまったし、バーバリアンもひっそりと暮らすようになってしまったため、翌朝用として、晩に"よしだ"の家まで届けにいくという、かなり地味な作業に堕してしまっている。

バーバリアンは無敵なので、暴走されると大変なことになる。だから予めプログラムしておいた脳で、彼のアイデンティティの大部分をコントロールすることにしている。記憶もリセットされるように作っている。彼女と、その統括官であるJAMジイは、彼が何かを学習し、反逆心を持たないか心配しているのだ。幸いにも今日まで、そのような恐ろしい兆候は認めていない。

バーバリアンにおいては、今日も気張って、てきを見つけ出し、やっつけてもらいたい。連綿と続く均衡と秩序を維持するために。そう彼女は願いながら、脳を焼いている。

バーバリアン"よしだ"

バーバリアン"よしだ"は朝目覚めてすぐ、昨日から暖めておいた脳ミソを頭蓋内に押し込んだ。押し出されるようにして、冷めた脳ミソが逆側から出てくる。ところてんのように。バーバリアン"よしだ"は、野蛮であり、不器用でもあったため、冷めた脳ミソをまたしても受け止め損ね、床に落としてしまった。ペタラッと音を立てて、脳ミソがそのブヨブヨ感を主張する。”よしだ”はそれを床から拾い上げ、乱暴に冷蔵庫の中に押し込んだ。なんたって、"よしだ"は新鮮な脳ミソと同化したのだから、古い脳ミソにはもはや愛着は無いのだ。

"よしだ"は朝のクッキングに取り掛かる。先週、オクチから拾ってきた砂糖烏の卵がまだ余っていたので、卵焼きを作ることにした。野蛮に卵を割り、かき混ぜる。隠し味として、古い脳ミソ半丁を冷蔵庫から取り出し、ナタで細かく切り刻み、卵に混ぜ込んだ。熱したフライパンにそのドロドロの粘体をぶち込み、ご機嫌にイニシエの歌を歌いながら、オレンジ色の卵焼きを作り上げた。

オクチに茂っていたドクソウを千切っただけのサラダも作り、インスタントのコーヒーを淹れ、赤茶色に染まった食卓の上に、彼にとっては申し分の無い、豪勢な朝食をこしらえた。

「ウッウッウマス。ウッウマス。ウッウッウマス。ウーウマス」

自分に言い聞かせるようにバーバリアンクッソングを歌い、いわばプラセボの調味料を味覚の周りに彩った。

バーバリアン"よしだ"の長い一日は、こうして始まった。