ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

モンキー伯爵とは何なのか①

モンキー伯爵の一日は、ツッパリから始まる。

アパート暮らしの伯爵の部屋の壁は、今やもろい。無論、最初はもろくなかった。が、伯爵が壁に向かって毎日ツッパリを行っていたせいで、今ではヒビが入っている。もうじき、壁は崩れるだろう。隣の部屋の住人は、当然怯えている。大学生である彼は、伯爵が越してくるまでは平和に、気ままに、暮らしていた。一限目をサボるのは当たり前、一日中部屋でゴロゴロしていることも、日常の一部だった。しかし今や、朝7時半キッカリに、ツッパリの振動音が彼を目覚めさせ、日ごとに増えていく壁のヒビは、彼を恐怖の竜巻へと巻き込んでいった。身の危険を感じた彼は、最近やっとのことで親を説得し、引っ越しの準備にかかった。けれども、逃げられるの先か、壁が崩れるのが先か、微妙なところだった。

ツッパリを50回行ったあとは、汗を流しにシャワーを浴びる。お風呂をためるのも忘れない。浴槽には、猿の頭蓋骨がギッシリと詰まっており、お湯が溜まると、かろうじて人間一人分くらいのスペースができる。『猿の骨湯』と伯爵は呼んでおり、彼の日々の健康に一役買っている。また、ときおり「良いダシが出ておる」とひとりごちながら『骨湯』をすすり、一人悦に浸っている。

『骨湯』から出たあとは、腕毛の毛づくろいだ。彼の皮膚が持つ、毛根という毛根は、すべてが両腕へと集中しており、その毛は超常的な能力を発揮する。武器にもなるし、アンテナにもなる。ドラゴンクエストというゲームには、「マダンテ」という、全力を消費して放つ必殺魔法があるが、実は伯爵も同じような能力を持っている。伯爵がすべての力を解放すれば、彼の腕毛は360度、射程距離は数十メートルの、殺傷ニードルを放つことができる。今まで一度だけしか使ったことのない能力で、まさしく奥の手の必殺技。目撃者は一人として、今やこの世に存在していない。

現在、伯爵が取り付けたアンテナの数は、数十人に昇る。伯爵は退屈を嫌っており、日替わりで、そのいわば”奴隷”たちを呼び寄せては、恐ろしいゲームに巻き込んでいるのだった。

《続く》

現実的な日記10

疲れ疲れのオ味噌はジュンジュン。

行きはよいよい、帰りはぐそぐそ。

疲れを癒すは信仰心。

アヒル教。

 

ピーちゃん、今日も今日とて疲れた脳。

「ピー、ピィピィ」

どうしたら疲れがとれるか脳。

「ピィー、ピィピィ」

なるほど、漫画読んでジュンジュン。

「ピー、ピィピィ」

最近はヒナまつりの最新刊読んで爆笑したよ。

「ピィー、ピィピィ」

アレはいいものだよね。

「ピー、ピィピィ」

ピーちゃん、日本語うまくなったなァ。

「ピィー、ピィピィ」

そりゃすごい。

「ピー、ピィピィ、ピピピ」

ゴブリンの群れにこっそり隠れるんだよ。

「ピピピ」

だめだよ、俺はホブゴブリンにはなれないんだよ。

「ピピピッ」

そんなこと言われてもなァ。

「ピーィ」

無理だよ、俺はFAX化なんて、できないよ。

「ピィピィ」

そりゃそうやわ。

「ピイ」

トロッコでもあれば良いのにねェ。

「ピィピィ」

ピーちゃん、難しい日本語を知ってるんだね。

「ピピピィ」

英語ではイニシエーションというらしいよ。

「ピッ」

アヒルはそこまで頑張らなくて良いんだよ。

「ピッピッ」

シャーマンキングな。

「ピー、ピィピィ」

わかったわかった。

「ビビビビビビ」

痛い痛い。

「ビビビッ」

すいませんでした。

「ピィ」

そうだね、もう、お帰り。

「ピィピィ」

また、明日。

 

あんたの隣にアヒルはいるか。

漫画ゾンビ①

漫画ゾンビの大群がショッピングモールに押し寄せてくる。

上から眺めると、その群れは、皮膚を剥いだ下にある、トウモロコシのような皮下脂肪の塊のようにも見えた。真っ黄色に染まった漫画ゾンビたちは、まだ足らない、まだ足らない、と口々に唱え続けている。ただし協調性が無く、皆ばらばらに喋っているので、それは不快を呼び覚ます不協和音でしかない。

強力なゾンビパワーの結集により、モールの入り口に設置してある防御カーテンにもヒビが入り始めた。ここのバリケードが破られるのも時間の問題だろう。

 

漫画ゾンビたちは全国の書店の漫画コーナーをあらかた食いつぶしてしまった、という情報を、先ほどラジオで聞いた。そして、第七感と呼ばれる、人間を超えて得られた漫画ゾンビ特有の感覚により、このショッピングモールにも漫画が備蓄されていることに気付いたらしい。あまり詳しくは知らないが、どうやら漫画から漂うフェロモンのようなものを、ゾンビ固有の受容体によってキャッチしているということだ。

 

数百年前に突然変異として出現した、感動をむさぼらなければ生きていけない人間の一個体が全ての大元だった。当時は感動依存症という名前で、社会的には病気として認知されていた。しかし、その人間は、感動を味わえば味わうほど、常人の数百倍のカタルシスホルモンが全身を満たし、肉体的にも精神的にも大幅に強化され、さらには繁殖力も増大していったという。これは病気ではなく進化だという通説が一般化するのには、それから数十年を要した。しかし、その問題点に気づかれた時には既に遅かった。遺伝性をもつ、この特徴は、子孫にもそのまま受け継がれ、その恐ろしい繁殖力のまま、数を増大していっていた。遺伝が進めば進むほど、その強化力はさらに増大し、ある時に超えるべきでは無い一線を超えてしまった。それが漫画ゾンビだった。

 

《続く》

現実的な日記9

ご機嫌なアヒルが3羽、ソファーの上に陣取っている昼下がり。ニーアオートマタのサントラを聴きながら過ごす昼下がり。パン屋のパン食べ、物憂げなそぶりを孤独にしてみせる昼下がり。

少し穴のことを考えてみる。

穴の下と上がつながっていたら?

小さい穴なら、小さなお子様も昼下がりを楽しく過ごせるだろう。何故って、下の穴に入れた指が上の穴から出てくるのが楽しくないわけが、ないでしょう? きっと僕でもそうやって昼下がりを食いつぶすだろう。

もう少し大きい穴だったら? アヒルサイズの穴だったら? お年寄りも昼下がりを楽しく過ごせるだろう。何故って、下の穴に突っ込んだ腕が上の穴から出てくるのが楽しくないわけが、ないでしょう? 背中が痒くなっても、それが頑張っても届かない位置でも、穴を上手に使えば、背中を掻ける。孫の手はもう必要ない。

もっと大きい穴だったら? ギアガの大穴サイズの穴だったら? 誰も楽しく過ごせないだろう。たとえ、勇猛たるあなたでも。何故って、うっかり穴に落ちてしまったら、無限に穴を落ち続けることが、楽しいわけ、ないでしょう? 加速度によって無限にエンハンスされるスピードから逃れられない。端からみたら、あなたは残像でしかないだろう。

残像と化したあなたからもまた、周りの景色も残像でしかないだろう。けれどあなた自身は自分のことを残像とは思わないだろう。自分としては確かにそこにいるんだから。

ここまで考えて、人間や社会で横行するすれ違いは、穴の残像と同じということに気づく。あるいは、主観的世界と客観的世界のズレもまた、穴の残像と同じかもしれない。残像なのは俺とお前、どっちだ? という考えを、あなたは抱くかもしれない。

恐らく、社会から振るわれる暴力の矛先は、あなたの方に向くだろう。あなたから見ればそれは理不尽そのもの。けれど、社会とはそういうものだとあなたは、とことん理解しなければならないだろう。数の大小の差分は、力、そのものとなるだろう。

力は穴を塞ぎにかかるかもしれない。穴の周りを壁で覆ってしまうかもしれない。そしたらあなたは、暗闇の中で浮遊する、ただそれだけの存在になってしまうだろう。あるいはもしも、穴の下と上とをくっつけられてしまったら? あなたはどこに存在するのか? ひょっとしたら圧縮されてしまうのだろうか。穴の中であなたは、つぶれてしまうかもしれない。長い靴下を履く前に、ギュッと靴下を圧縮する。あなたは圧縮される靴下と似た様なものなのかもしれない。あるいは靴下以上に圧縮され、とうとう無になるかもしれないし、無限大になるのかもしれない。

だから穴とは不安の象徴として機能するかもしれない。

 

そうして僕は知見を得られた。穴と残像と不安は強く結びつき、新たなるイデアを構築することになる。素晴らしき、土曜日の午後よ。

ドブリンゴ

ぷかぷかと、沢山のドブリンゴが銀の川の上を彷徨っている。

しゃりしゃりと、砂糖烏が熱線の上で、さっき攫ってきたばかりのドブリンゴを食い潰そうとしている。

ぎりりと、夢魔が弓を引いて砂糖烏を撃ち落そうと、大型赤ポストの陰から狙いを定めている。

けれども大型赤ポストは気まぐれに移動するのが常識。

間の悪いことに矢を放つ直前にポストが動いてしまったから、砂糖烏に気付かれてしまった。

驚愕反応を示してどろどろに溶けた烏は、熱線の上をずるずると移動していってしまった。

食後のデザートと考えていたに違いない夢魔は、とぼとぼと残念そうに川沿いの道を歩いて去ってしまった。

一連の様子を見ていた僕は、少し自分を重ねてしまい、やりきれない気持ちに囚われてしまった。

一緒にみていた彼女をちらりと見ると、彼女も何かしらの感情の機微を示しているみたいだけれど、僕のそれとは違う感情にみえた。しかしどのような感情なのかは分からない。味はわかるけれど、レシピは分からない料理のように。もしかすると、多くの人が抱いたことの無い感情なのかもしれない。彼女の病気がもたらす、特有の感情なのかもしれない。そうだとしたら、僕は彼女に共感を示すことさえできないのかもしれないし、そう考えるとますますやりきれない気持ちに囚われてしまう。

砂糖烏も夢魔も去った今、近くで動いているのは川の流れとドブリンゴだけだ。

自然と僕は銀の川に目を向けた。長い夕方はまだまだ続きそうだと思った。