現実的な日記11
完全にやらかしてしまった。
便所が詰まったのだ。
いや違う、便所じゃない。便器が詰まったのだ。
現世の日本人は、大きく2つに分けることができるという。
すなわち、便所紙を少なめに使う人間と、そうでは無い人間だ。
私は後者に分類される人間だ。
だから気を付けていたはずだった。その日(昨日)までは。
私はアンニュイなふんいきを一人で漂わせつつ、考え事をしながら、自宅の洋式便器の上に座っていた。
人間が最も自由になれる場所、それは便座の上。と、昔習ったことがある。
密室での解放。それはカタルシスであり、完璧な自由そのものなのだ。
しかし、私はあまりにも自由になりすぎていたらしい。
完全に油断してしまっていた。
そう。コトは済ませたし、ブツは流れた。
そして紙をふんだんに使った。さぁ、フィニッシュの時間だ。
ざまあみろ、てめェは流されろ。貴様は流されるために生まれてきたのだ……。
あるいは少々私は、便器や便所紙に対して傲慢過ぎたのかもしれない。
トイレの神様の怒りを買ってしまったのかもしれない。
ゴボッ、ジャー・・・ジャー・・・・・・・・・ゴボ・・・
・・・・・・・・・・ゴボゴボ。ゴボッ。
シ~ン
!?
どうして戻ってきた!?
お前はあの世に送ったはずだ。
あるいはお前は、冥界からの使者なのか?
あるいは私を地獄に叩き落とさんとする、悪魔なのか?
私は混乱した。これは夢では無いかと思った。その現実を直視するには、あまりにも便水が溢れすぎていた。
しかしすぐに私は自分を取り戻した。
こういうこともあろうかと、トイレのスッポンを常備しているのだ。
以前も似た様なことがあった。あの時、私はスッポンを武器に、勝利を手にした。
てめェもあの世に送り返してやんぜ。
オラァ!!!
ズッ、ポン、ズッ、ポン、ズッ、ポン……ズッポンズッポン………
……………………………………
シ~ン
!?
おお神よ、なぜ私にこんなにも酷い仕打ちをお与えになるのですか。
ムゴい、あまりにもムンゴい。ムーンゴリラ……アア……。
ムーンゴリラムーンゴリラ。
なぜ流れない!?
発狂スレスレで、ズッポンズッポン繰り返す私。変わらない便水量。
世界を成立させている結晶の欠片が、確かにそこにはあった。
便器と私はある意味において、ズッ友だった。
しかし永久に便器と戦ってはいられない。
ここは一つ、休戦といこうではないか。
一時間待ち、ズッポンズッポン。
二時間待ち、ズッポンズッポン。
三時間待ち、ズッポンズッポン。
変わらない便水量。
オアアアアア
結局4時間ほど、休憩も含めてだが便器と格闘し続けたことになる。
映画2本分の時間を、便器に対して払ったのだ。
ウコンの代償としては、大きすぎた。
しかもまだ流れない。いや、ウコンは流れたが、ペーパーが詰まりっぱなしだ。
なんでなん? ペーパーって、水に溶けるように作られてるんちゃうのん?
そこで配偶者は私に告げた。
朝まで待ちなさい、と。
うん、ねとは、わかった!
翌朝、変わらない便器の姿がそこにはあった。
シ~ン
もうどうしようも無いので、マンションの管理会社に相談した。
窓口のお姉さんは、優しく、丁寧に応対してくれた。
お姉さんは世界の優しみの一部を担う存在だと思った。
結論を言うと、高圧洗浄を用いるなら4万くらいかかるかもしれないと言われた。
私は白目を剥いた。ウコンに4万……。
しかし、とお姉さんは言った。ズッポンのプロに頼むだけなら、1万程度でいけると思う、と。
……私は……ズッポンのプロに頼むことにした……。
夕刻、プロはやってきた。二人組だ。彼らは闘う漢に見えた。
お手並み拝見といこうではないか。
プロは、私が用いていたスッポンを手に取り、作業に取り掛かった。
ズッ、ポン、ズッ、ポン。
それでも便水は流れません。
やはりプロでも無理なのか……そう思った矢先、彼の目が光った。
ズッ、ズドドドドドドドドド!!
ゴボッ、ゴボゴボゴボ、ザァー
流れた! 同じ道具を使ってるだけなのに、流れた!
これまでの私の努力はなんだったのか!
スッポンって、これほどまでに強力な兵器だったのか!
スッポンって、そういう風に使うんや! スンゲェ~!
私は白目を剥いた。
プロは颯爽と帰っていった。
請求書は後日送られてくるという。
私は、安心して便座に腰掛けた。
今夜は良いウコンが出そうだぜ……。
最後に、良い子のみんなにこの話の結論を教えて差し上げよう。
便器を笑うものは便器に泣くということと、スッポンは兵器と考えて用いよ、ということだよ。
この2つを覚えて帰ってね。ねとはとの約束だよ。
完