ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

漫トロピー⑪

4月4日。一番最初に新入生が来てくれた日だから、当時のことは比較的鮮明に記憶に残っている。

私と渡来僧天国(HN)とで出町柳駅まで、事前に連絡をくれていた一人の女性を迎えに行き、当時の活動拠点であった「ルネ」に戻った。すると、わんだ(HN)と見知らぬ一人の男性が既に話し込んでいるではないか。だから、どちらが一番乗りと言えるかは分からないが、ほとんど同時に、出現したのだ。「出現」。そう、「出現」としか言いようがなかった。

まずその女性は、後々のHNとして「ガチムチ山」を名乗ることになる、京都女子大学生。男性の方は「さなさぎ」と名乗る、京都大学生。もう一度言うが、入学式もまだなのに、真っ先に我々の得体の知れないサークルに来てくれたのだ。その時点で只者では無いし、会話を進めると、やはり只者では無いことが分かってきた。

 

ここで話は逸れるが、僕は某学部の某運動部にも1回生のころから所属していた。そちらでの新歓は、話題を展開するのが(僕にとって)少々苦手だったことを覚えている。部活やサークルでの新歓を経験したことのある方ならなんとなく分かっていただけると思うが、最初はどうしても当たり障りの無い、うすい質問にならざるを得ない。たとえば「どこ出身なの?」というテンプレートな質問。

「へぇ、そこ出身なの、そこ出身といえばあの先輩もそこ出身なんだよ。そこ出身ということは、◯◯があるところだよね……」みたいな会話は僕にとっては心底どうでもよかった。率直に言って、僕は基本的に他人への関心が薄い。

こんな話を聞いたことがある。いわく、オタクは、趣味などの物事を通じて人と仲良くなるが、それ以外の大多数の人間は、「人間関係」の話題を大切にして仲良くなっていくのだという。もしそうであれば、僕は間違いなく前者にあたるし、後者の気持ちはあまりよく分からない。まぁ、そもそもオタクというのは程度の差はあれども、Autism Spectrum Disorderの要素を含んでいることが多いし(たぶん)、僕自身もある程度のSpectrumの位置にあることは自覚している。そう考えると、腑に落ちる。

 

話を戻すと、漫トロの新歓は話題を展開するのが、なんともたやすい。もちろんこの質問から始めれば良い。「何の漫画が好きなの?」と。漫画という趣味を経由した話題の展開。我々の奇特なビラをみて、我々の新歓に足を運んでいる時点で、漫画を読むことを趣味としている人間が来るのは、まず間違いが無い。「大学でテニスを始めてみない? 楽器を始めてみない?」はあっても、「漫画を読むのを始めてみない?」はまず無い。ルネで我々と共にテーブルを囲んでいる時点で、既に漫画読みオタクであることは分かりきっているのだ。だから、好きな漫画の話を広げていけば、こちらとしても、新入生としても、簡単に楽しく会話ができる。仮に好きな漫画のジャンルが偏っていても、たいてい、我々5人の同級生メンバーの誰かの守備範囲には入っているし、あるいは誰も知らなくても、「今度読んでみるからどんな漫画なのか教えて」と話を広げることもできる。こういうところがオタクサークルの強みと言えるのかもしれない。そして、そもそも、こういう会話をすることが、僕がサークルを立ち上げようと思った第一の理由なのだ。何回でも言うが、基本的には漫画読みは「漫画読みとしては」孤独なのだ。

 

まだ新入生の男女の特異性について触れていなかった。彼と彼女はもちろん、漫画読みだった。それぞれに、こだわりの漫画のジャンルはあったが、それについては、さしあたって置いておこう。

その日はまず女性の方から、1つの学びを頂いた。絶対領域という言葉がある。女の子のミニスカートとニーハイソックスの間に見える太ももがその領域に該当するが、男性にも絶対領域が存在するという。それは、手袋をした手とシャツの間から見える、腕の先の領域なのだと。いまググれば、数年前にネット上でバズったことがわかったが、10年近く前の当時としては多分新しい知見だったんじゃないかと思う。腐女子に該当する彼女からは、いろいろと我々男性オタクにとっては新鮮な話が次々と出て、大変興味深かったのを覚えている。

そして男性。話の流れから、何故か幼女についての話題にいつの間にかなっていたのだが、そこから、彼が大学の履修科目としての第二外国語で、難関のロシア語を選択しようと思っているという話が出てきた。なぜそんなことをするかというと、彼はロシアの幼女について、ある意味において興味津々だからだという。理由はそれ以外には全く無かったようで、彼の性癖への真摯な向き合い方には一同感心させられたのを覚えている。よこしまな理由という言葉は、こういう時に使うのかもしれない。

 

彼・さなさぎと、彼女・ガチムチ山は、以来、毎週訪れてくれた。きっと、我々が3月に醸成したサークルの雰囲気を気に入ってくれたのだろうと思うと、とても嬉しかった。誰も来てくれない可能性も想像していたので、ホッと胸をなでおろしたのを覚えているし、同時に、これから本当にサークルとしてしっかりやっていかなければいけないのだろうな、という、ある種の責任感から、気概が掻き立てられたのも覚えている。

 

そして、入学式後の初の例会である4月11日。当時の我々にとっては、またしても驚きの展開を迎えることになる。

 

《続く》