ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

衿沢世衣子『うちのクラスの女子がヤバい』 :レビュー(未読者向け ネタバレ無しver.)

日常と非日常の巧みなる同居

オススメ ★★★★

 

漫画を読むとき、何を求める? リアリスティックな日常? ファンタジックな非日常? その両者がこの作品には混在している。それも自然なバランスで。見事な塩梅で調和して。

 

ーーこの高校の1年1組は少しばかり特殊である。「無用力」と呼ばれる、主に思春期の女子に生じる超能力を持った生徒が集まっているのだ。その名の通り、ほとんど役に立たない能力ばかり。たとえば、とある少女はイライラすると指がイカになる。ビックリすると空に浮いてしまう女子もいれば、急に体がぬいぐるみになってしまう女子もいる。そんな女子高生たちに、クラスの男子は振り回されたり、ぜんぜん何てことのない日常を送ったり。少しばかり不思議だけれども、やっぱり青春で恋も友情もある、ふつうな高校生活を、彼ら彼女らは送っていくーー

f:id:netoneto:20170218212546p:plain f:id:netoneto:20170218212602p:plain

<"無用力" イライラすると指がイカになる少女>

昔から僕は、衿沢世衣子の漫画が好きだった。

出自としては、いわゆる”サブカル”寄りになるだろうか? 今は無き「コミックH」や「COMIC CUE」、今も有りしサブカルの極北「アックス」、等々の雑誌で描き勤しんできたのだから、漫画界の中でも、(あんまり良い表現じゃないかもしれないが、)だいぶ端っこの方に、デビュー当時は位置していた。けれど一定数のファンは付いていた、そんなイメージ。しかし嬉しいことに、ここ数年で、だいぶメジャーになってきた。

 

主に彼女が得意としているのは、女の子、それも多くは女子高生の、心の機微の描写だ。マンガ的なキャラのようで、けれども同時に何となく現実にもいそうな、ふわふわっとしたキャラクター造形は作者ならでは。その作風が確立されたのは、おそらく『シンプルノットローファー』(2009年発刊)だろう。天真爛漫な女子高生たちの、とある1クラスの群像劇で、各話ごとに1~2キャラにフィーチャーしている。何てことのない、ごく普通に個性的な彼女たちの日常の中の、ほんのちょっとした出来事の、その一瞬を、綺麗に写真に収めるかのように活写した、まるで青春のアルバムのようでもある、見事な一冊だった。

小説家で例えると、長嶋有の作風とも少し似ている。というか実際、氏の小説のカバーイラストも描いていたし、その後、当の小説「ぼくは落ち着きがない」の漫画化も担当したのだから。そのコミカライズも、息ぴったりの印象だった。

 

一方で、衿沢にはまた別の得意分野がある。Sukoshi FushigiなSF要素だ。多分一番最初は、雑誌「COMIC CUE」のドラえもん不思議道具企画の『鳥瞰少女』(短編集『おかえりピアニカ』収録で、タケコプターが題材)だと思うが、以降には、『ウイちゃんがみえるもの』『新月を左に旋回』などの作品がある。

 

たいていの作品はコメディ寄りの作風で、読後感も爽やかなものが多かった。ところが、「えっ、こんなのも描くの(描けるの)」と思ったのが『ツヅキくんと犬部のこと』(2013年)だ。原作付きではあったものの、結構リアリスティックかつシビアな内容で、ほろ苦い要素の多い作品だった。作風に幅が出てきたものだなぁ、と当時思ったのを覚えている。

 

前置きが長くなってしまったが、今作である『うちのクラスの女子がヤバい』はそんな作者の、集大成とも言える作品になっている。上記の要素を、ほとんど全部ひっくるめた、鮮やかな料理に仕上がっている。すなわち、高校生の青春群像劇で、Sukoshi Fushigiで、ほろ苦さもある。しかも、これは今までの作品ではあまり見られなかったことだが、物語の背後にある種の陰謀が見え隠れしており、伏線がちょこちょこと張られている。一本の大きな背骨が通っており、そういう意味では新境地でもある。これは彼女の新たな代表作になるのではあるまいか。

 

本作はオムニバス形式で、各話ごとに、約1~2名の女子生徒がクローズアップされる。「無用力」という題材を巧みに使い、彼女たちの”個性”が、”より個性的に”描写される。スッとした絵柄は大変好みやすく読みやすい。ストーリー展開も、もはやこなれたもの。各話冒頭から引き込まれ、ついついサラッとページをめくってしまう。そう、率直に言って、この人は漫画が上手いのだ。ほろ苦さもある、と述べたばかりだが、基本的には各話の読後は爽やかで、彼ら彼女らの青春生活が羨ましくなる。群像劇でもあるから、あの話ではメインだったあの子が、この話ではここで登場していて、そういえばあの子とあの子はよく一緒にいるなぁ、とか、ごく自然に頭に入ってきて、何だかこのクラスが他人事では無いようで、愛おしく感じさせてくれる。この塩梅も実に上手い。

f:id:netoneto:20170218213207p:plain  f:id:netoneto:20170218213220p:plain

<"無用力"あれども、皆、ふつうの青春を送る高校生なのである>

現在は既刊2巻で、そろそろ春には3巻が発売される頃合いだ。ググれば多分、第1話の試し読みはできる(2/18現在、pixivで読める)。

作風が作風だけに、幅広い層に勧められる漫画だと思う。ぜひ、ご覧あれ。