読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

ポール教授の興味深い一日

ポール教授はもちろんパジャマを着て寝る。少々独特なのは、フワフワ帽子もかぶっていることだろう。このことに特に意味は無く、幼い頃からの習慣だ。

昨晩も教授は自室のベッドで熟睡していた。が、突如覚醒した。脳裏に熱いマグマが滾った。そのマグマとは、「なぜ風邪の時に、アナルにネギをぶっ刺すのか」という観念だった。その夜、教授は全く寝付けなくなってしまった。頭から離れなかった。他の物事は全く考えられなかった。他の観念に勝ってそのことしか考えられなくなる、そういった観念を、”優格観念”と呼ぶ。教授は夜中の間、苦しみ続けた。答えの出ない問いに悩むことほど、残酷なことは無い。我々は教授に同情しなければならない。

 

結局教授は、眠れないままに、普段通りに大学に出勤した。彼には一つの目論見があった。一人で解決できないことは、皆で解決すれば良いではないか、と。

一時限目、早速教授は学生たちに向かって講義を始めた。

「皆、今日は一緒に考えてもらいたいことがある。皆も一度は疑問に思ったことがあるだろう、民俗学的難題だ。『何故、風邪をひいたときに、ケツの穴にネギを刺すのか』。私は昨晩非常に苦しんだ。この苦しみを、今、皆に分かち合ってもらいたい。そして、諸君から、実のある解答を頂きたい。どうか、私を助けてもらいたい。なぁ、菊池君」

菊池と呼ばれた女学生は肩をビクッと震わせた。

「菊池君。なぜアナルにネギを刺すのか、優秀な君なら、答えを弾き出せるのではないかね?」

菊池京子は、顔を赤らめ、震えるような声で答えた。

「あのぅ…その……わかりません…」

「すぐにあきらめるなど!」

教授は叫んだ。

「私は昨晩、何時間もの間、独りで悩んでいたというのに。君はものの数秒であきらめるのかね、ええ? 菊池君。考えたまえ。さぁ、さぁ」

菊池京子はうつむいてしまい、目に涙を浮かべた。

「考えておきたまえ。それでは加藤君、キミはどうかね?」

加藤と呼ばれた男子学生もまた、全身をビクつかせた。しかし、彼は毅然とした眼差しを教授に向け、答えた。彼は”逆境の加藤”の異名を持つ、学内のごく一部で恐れられる存在であった。

「ネギには栄養があります、教授」

「なんだと?」

加藤は教授を睨みつけた。

「人間は普通、口から栄養を摂ります。しかし、風邪で吐き気があったり、食欲が無いとき、例外的に口からものを食べられないときがあります。そういうとき、先人は考えたのです。口から入らなければ、ケツから入れれば良いじゃないか、と」

「それくらいは私も考えた」

教授はため息をついた。

「しかし、意見を表明することは大事だ。ではさらに質問だ。なぜ、ネギである必要があったのかね?」

このタイミングで、女学生・菊池京子は、涙を流しながら、無言で教室を出て行った。他の生徒は同情するような視線を送ったが、教授は気にも留めなかった。

”逆境の加藤”は続きを答えた。

「タマネギがケツから入ると思いますか? 教授」

「なんだと?」

「タマネギはどうねじ込もうと思っても、普通は入らない。ニンジンならどうか? 途中でつっかえます。キャベツは? 白菜は? 全部無理です。だからネギなのです」

「まずまずの回答だ、加藤君」

教授は機嫌良く答えた。

「しかし加藤君。ニラならどうなのかね?」

「ニラですか……」

「水菜は? もやしは? かいわれだいこんは!?」

「それは……」

「どうなのかね?」

加藤は逆境を跳ね返しきれなかったらしく、あきらめたように答えた。

「ニラはアナルに入ります……」

「バナナはおやつに入ります、みたいな口調で言うんじゃない!」

教授は激昂した。

「バナナはおやつに入らないのだ! 同じように、ニラもアナルに入っては困るのだ、加藤君! 入るのは、ネギだけでなければならないのだ!」

教室中の生徒達は、ざわつき始めた。変わり者の教授だとは思っていたが、なぜここまでネギとアナルの関連性について躍起になっているのか、さっぱりわからなかった。そもそも教授自体が答えがわからないと言っているのに、生徒に納得のいく解答を期待するなど、自分本位にもほどがある。

加藤は肩をすぼませ、うつむいた。教授は言った。

「しかしまぁ、加藤君は奮闘してくれた。では、七瀬君。君はどうかね」

七瀬と呼ばれた男子学生は立ち上がり、丸メガネをクイっと中指で持ち上げた。”風雲の七瀬”の異名を持ち、特に誰にも恐れられもしていない出っ歯の中肉中背の男は、自信を持った声で答えた。

ダーウィンの進化論です」

「なんだと?」

教授はたじろいだ。これまで目にしたことのないオーラを、”風雲の七瀬”は放っていた。周りの生徒も気圧された。

「人間は、適応したのです、ネギに。わかりますか? ポール教授」

「ううむ……」

教授は腕を組み、悩んだ。

「すまないが、説明を頼む、七瀬君」

「仕方ありませんね」

七瀬は調子に乗り始めた。ここが自分が初めて輝く大舞台であると認識した。

「簡潔に言うと、ネギとアナルの大きさが適合しない人間は、絶滅したのです、教授」

「なんだと?」

「古代人に流行った風邪の中には、アナルからネギを摂取しなければ治らない、恐るべき病があったに違いないのです、教授。古来、様々なアナルの大きさを持つ人間たちがいたのでしょうが、細いアナルに適合するようなニラでもダメ、太いアナルに適合するような、タマネギでもダメ。ネギの大きさに見合う、ちょうど良い大きさのアナルの人間だけが、生き残ったのです。だから我々のアナルの大きさは、ネギの太さと、良い感じなのです」

「七瀬君!」

教授は手を叩いた。

「君は…君は、ついにやったな。これが…カタルシスか……。七瀬君、君という男は……」

教授は嗚咽し、涙を流し始めた。

「ありがとう、ありがとう、七瀬く…」

その時、教室の扉が開け放たれた。警備員を先頭に、事務員、菊池京子と、続いて教室に入ってきた。

事務員が言った。

「ポール教授。セクハラの報せを受けてやってきました。彼女の話は本当でしょうか? 数学の教授であるはずのあなたが、今現在、アナルとネギについての講義を行い、あろうことか女子生徒に詰問したというのは」

涙を流し続けていた教授は、突然の闖入者に怒り、反駁した。

「学問だ!」

教授は叫んだ。

「学徒は、いついかなる時も、探究心を忘れてはならない。それがアナルとネギの関連性であってもだ!」

「彼女の話は本当だったようですね」

事務員は淡々と答えた。

「続きは別室で聞きます。付いてきて下さい」

「まだ講義は終わっとらん!」

「警備員の方々、お願いします」

屈強な警備員二人は、教授の左右に付き、脇に手を入れた。

「放せ!」

警備員と事務員は無視し、教授を教室の外に運んでいった。菊池京子は涙目で後ろから付いていった。

「探究心を! 探究心を忘れるな!! 探究心を!」

教授の大声はしかし、徐々に教室から遠ざかっていった。

教室には、平穏が訪れた。

”風雲の七瀬”は、この事件以来も、特に誰からも評価されることは無かった。

ポール教授の講義はその日以来無くなり、代わりに別の数学の教授が来るようになったという。