漫トロピー⑮
5月23日は特殊な一日だった、ようだ。というのも、その日僕は風邪をひいてしまったため、サークルを休んでいた。なので、間接的に聞いた話になる。
新歓コンパが終わっても、まだまだ5月なので、入会希望者は来る。来るのだが、まさか、知り合い、しかも高校時代の同級生が来るなど、思いも寄らなかった。
彼はHN”電球”という男で、彼もまた、駅で野宿をする系の謎のサークルを立ち上げていたらしい。その折に、掲示板に貼ってある他のサークルのビラをはがして楽しむアクティビティに興じていたところ、たまたま漫トロピーが彼のアンテナにひっかかったらしい。どうやら、僕のステータスに記載していた『ヴィンランド・サガ』が目を引いたようだ(わかりづらいかもしれないが、これは僕の自慢である)。
そういうわけで、本当に偶然に、さらにひとり、高校の同級生が加わる形となった。(彼がサークルにやってきて、「ん? あれ? お前、◯◯やんけ」的な会話が繰り広げられたと聞く。そんな面白い現場、僕も居合わせたかったものだ)
なので、翌週の5月30日に僕は彼と再会し(高校時代はそれほど親交は深くなかったが)、今日まで深い付き合いが続いているわけである。色んな偶然が重なった上で起こる、感慨深い話だ。
さて、2008年6月は特別な活動をするでもなく、食堂ルネでの会合を毎週続けていた。各自漫画を持ってきて、漫画を勧めあい、貸し借りを行い、またレジュメを使った漫画レビューを週替わりで担当したりして、サークル活動に興じていた。メンバーも固定されてきて、活動が安定してきたのは、とても良いことだった。が、決定的に足りない要素があった。
活動場所である。
食堂ルネに毎週毎週漫画をうず高く積み上げ、漫画レビューの発表を声高々に行うのは、ちょっと、どうなのだろうか。食堂ルネは、そもそも、食堂なのである。飯を食う場所である。まぁ、我々の他にも、飯を食う以外に様々な活動に興じていたりする面々は数多くいるので、周りに迷惑というほどではなかったと思うが、その逆のベクトルとして、少々肩身が狭かった。我々は比較的恥知らずであったとはいえ、もっと開放的になれる空間が欲しかったのだ。
そんなこんなで、我々は安定した活動場所を求めて、彷徨うことになった。
色々探したが、ひとまず最初に腰を落ち着けたのは、某学部にある図書館のグループ学習室である。これは、使用するにはグレーゾーンであった。我々の活動は、グループでの学習という名目たりえるのか。甚だ疑問ではあったが、さしあたっては、たりえたことにした。漫画という文化の学習である!
図書館での活動を始めたのは7月に入った頃だった。食堂と違った閉鎖空間での活動は、当たり前だが、居心地が全然違った。喧々諤々に議論もできるし、座談会もできる。
さしあたって、我々は今後の活動予定を決めることにした。8月は休みにして、9月の半ばから活動再開すること。ただし8月の15~17日は、夏合宿という名目で夏コミに行くこと。11月の学祭(通称:NF)で、機関誌を発行すること。などなどである。
予定も決まったところで、7月11日、我々は初の座談会を敢行することとした。名付けて、「漫トロピー夏100」である。
《続く》
漫トロピー⑭
三条ブックオフ企画とは、文字どおり、京阪三条駅に直結している、界隈では有名なブックオフ(しばしば待ち合わせスポットとしても使われる。渋谷におけるハチ公前と同じようなものである。知らんけど)において、各自、お得に面白い漫画を買い漁ろう、という前代未聞かつ斬新でエポックメイキングな企画である(知らんけど)。
演技に素人な役者がとりあえずはしゃいでみるかのように、サークル活動の先行きがまだまだ不透明で運営も素人であった我々は、こういう遠足のような形で、とりあえずはしゃいでみることにしたわけである。
ふつうのサークルの課外活動であれば、みんなで楽しく(?)ダベりながら、親交を深めるのであろう(知らんけど)。その点、我々は一味違う。ブックオフでぺちゃくちゃ喋るなど言語道断。立ち読み客の皆様にご迷惑をかけてはならない。我々はストイックに、本棚をなめるように視線を走らせ、お眼鏡にかなう漫画の後光(halo)を見出すやいなや、俊敏に漫画を手に取り、シュバシュバッとページをめくり、そしてスッと棚に戻すか、カゴに入れるか、瞬時に判断を下したものである。嘘である。本当は集団でブックオフに押しかけ、他の客に紛れ込んでモクモクと立ち読みを行い、100円コーナーで好きな漫画を見つけ、適当に買い込んだだけである。一時間か二時間かそこら、時間制限を設けて、ブックオフの中で時折サークルメンバーとすれ違ってはヒソヒソと喋り、そしてその場を離れる。まぁストイックという点ではある意味正しい……のかもしれない。
しかし、マジにストイックだったかもしれない。というのも、記録が残っている。購入物はメンバー全員で合わせて110冊だった。初回の遠足にしては、結構な量と言えるのではないか? せっかくなので、またしても記録を写しておこう。今回はHN込みである。これを読んでいる、当時のメンバーたちは、恥辱に打ちひしがれるがよい。
ねとは:委員長お手をどうぞ/弥次喜多inDEEP/PEACE MAKER/ももいろさんご/電動侍/TOKYO TRIBE/しましま曜日/ハンニャハラミダ/カステラショック re-mix!!/ノートブック
渡来僧天国:紅い花/ねじ式/のみに行こうぜ!!/まんがアカデミア/ポンズ百景/明日があるさ/Funky Monkey Ready Go/四年生/森の妖精のはなし/篠房六郎短編集
わんだ:ハレのちグゥ
iwao:遊戯王GX/ソワカ/神撫手/されど罪人は竜と踊る/学園はっぴぃセブン/はりだま退魔塾
ツル:げんしけん/QUIZ/麦わらドリル/機動旅団八福神/邪眼は月輪に飛ぶ/フリージア/夕凪の街 桜の国/恋の門/向こう町ガール八景
sagee:ケンロウ伝説/ラブやん/課長王子外伝/骨の音/TATOO HEARTS
ぱんちか:もものたね/ZONBIE-LOAN/まりあほりっく/都立水商
ポッポ:ブギーポップは笑わない/Ka.Na/白姫抄
さなさぎ:ジパング/サディスト神様マゾヒスト仔羊
みんな字が汚いので、多分いくつか間違ってる上に、いくつか飛ばしたし、記録に残ってないのもあるので、上記以外もある。書いてない人もいるし。(なお上記の誤字脱字は僕の責任でございます)
なにはともあれ、みんなで100冊以上の漫画を買い込んでブックオフを出た後、近くの通称「土下座像」という(むしろこっちの方がハチ公っぽいのだが)像の前に漫画を並べて、記念撮影を行った。おそらくこれが最初の、皆で集まった記念写真である。恥ずかしながら、私の結婚式の生い立ちムービーでも、この写真を使わせて頂いた。もはやいつ見ても懐かしい、感慨深い写真である。
ちなみに完全にこぼれ話になるが、このブックオフ探検中、途中で”あも”というHNの女性も参加してくれていたのだが、(今でも非常に申し訳なく思っているのだが、)最後ブックオフを出る際に召集をかけた時、彼女を呼ぶのを完全に忘れてしまっていた。なので記念写真にも写っていない。このことに気づいたのは、写真を撮り終わったあと、近くのラーメン屋で麺をすすっているときだった。「アアーッ!!」と声を張り上げたので、周りをびっくりさせてしまった。”あも”さんには今でも申し訳ない。あの時はすみませんでした。
《続く》
漫トロピー⑬
以降も毎週金曜日の新歓を重ねていった。
新入生の数は、4月18日はリピーターに加えて6人、合わせて12人。
4月25日は、なんと合計16人。
5月2日は、14人。
食堂ルネの1~2テーブルに所狭しと積み重ねられた漫画も、ますますカオスと化していった。
記録をみてみると、5月2日がもっとも漫画量が多そうである。長くなるが、当時の活動ノートから写してみよう……。↓
SF名物・こももでしょ・風水譚・ゆびさきミルクティー・ポーの一族・ナショナルキッド・BLCD(これはBLのCDのことかもしれない。なんでやねん)・告白・暗黒皇子 ダーク山田・forget me not・少女セクト・true tears・ベイビーリーフ・BLACK BRAIN・デッドトリック・おまかせスピリッツ・藤田和日郎短編集・破天荒遊戯・探偵奇譚・少年少女・ミスミソウ・アオイホノオ・世界の終わりの魔法使い・想うということ・機動旅団八福神・ルート225・ヨルムンガンド・マフィアとルアー・アンダーカレント・生活・ニニンがシノブ伝・残暑・恋の門・ef・花子と寓話のテラー・ロザリオとヴァンパイア・やえかのカルテ・ダイの大冒険・砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない・未来日記・おばけがぼくをペンペンなぐる・嘘喰い・発育っちゃうぞ・小指でかきまぜて・闘破悪斗・ろりぽ・デッドマンワンダーランド・喰霊・キョンイズム・JOKER・テクノエキス・こどもの森・スプリンガルド・月詠・ももたまミックス
疲れた。読み取れる範囲で書いたが、誤字脱字ほか間違いはご容赦願いたい。これらの漫画は、新入生がもってきてくれた漫画も多分に含まれる。すなわち、この時点、新歓コンパもまだの時点で、自然に漫画の貸し借りの文化が生まれていたことになる。この貸し借りについては、サークルの活動において、今後大きなウェイトを占めていくことになる。
上記の漫画を羅列しながら素朴に思ったことだが、やはり漫画読みたちは、自分の好きな漫画を他人に読んでもらいたいんだなァ、ということ。程度の差はもちろんあれど、基本的にはきっとそうなのだろう。そして、読んでもらったら、感想を聞く。そして語り合う。こういうことを、皆、やりたかったのだろう、と。サークル立ち上げの、我々の、そして僕の、根幹たる想いに直結していることで、感慨深いことである。
ところで、この「語り合う」ということと関連して、さらには前回触れた「漫力」とも関連して、後々、サークル内で大きな騒動が巻き起こっていくことになるのだが、この点については、また後の方で触れたいと思う。
さて、その次の週、5月9日も活動を行い、翌10日に、四条の「Qoo」にて、記念すべき新歓コンパを行った。
ここでいよいよもって、サークルが形になったのだと。いわば、(仮)が取れたのだと。そのような観念が頭に浮かんでいたことを覚えている。
今思えば、改めて、この時に『京大漫トロピー』が真の意味で結成されたのであろう……。当時は浮かれていて、あまり深くは考えていなかっただろうが。
さて、翌週の5月16日は、通常の活動をお休みにして、「三条ブックオフ企画」なるものを実行した。
当初は、月に1度、特別な活動を行おうと画策していたのだ。その第一弾が、これ。ただし、結局第二弾以降には続かなかったのだが……。
《続く》
漫トロピー⑫
2008年4月11日。
前週に来てくれた2名も、続けて来訪してくれていた。
ちなみに男性の”さなさぎ”の方は、どうせ新歓中は奢ってもらえるのだということで、毎週毎週、食堂でもっとも高いランクのメニューを頼み続けていた。さらに、他の新入生に対して、「おう、君、新入生?このサークルはネ……」という調子で話しかけ、上回生だと勘違いさせるという、ある種の強さを発揮していた。豪胆な男である。この肝の太さは、以来、サークルとしての、ある意味一つの柱として機能していった……気がするが、それはまた別の話である。
女性の”ガチムチ山”の方は、マイペースに安定して居続けてくれた。こちらもある意味貴重な柱として機能していった……気がするが、それもまた別の話である。
さて、新歓する側の我々同級生・初期メンバーは、5名。前週は新入生2名だったので、ゆっくりと対応できていた。
しかし、なんと、この日は新入生が、前出の2人を合わせて、9名も来てくれた。ふつうのサークルの新歓としては通常人数なのかもしれないが、我々にとっては驚くべきことであった。嬉しい悲鳴を上げた。いよいよもって、サークルとして形を保っていくこと、あるいは保っていかなければならないこと、が現実味を帯びてきた。彼らは入学直後の貴重な一日を、我々のサークルのために充ててくれているのだ。彼らを落胆させないよう、楽しんでもらえるようにする、責任というものがある。
(ところで上記「新入生」という言葉で一括したが、2回生以上の方も新歓に複数名、来ていただいていたことを付け加えておく)
とはいえ、やることは決まっている。漫画の話をするのだ。それだけだ。
そして、食堂ルネの一角を陣取っていた我々は、我々オススメ、かつ、アッピールポイントになるような、色彩の強い漫画を持ち込み、狭いテーブルの上に積み上げていた。それらの漫画を新入生たちに勧めて、読んでいただいたりもした。
ところで、後に、我々サークルの重要用語として、「漫力」という言葉が生まれることになる。概念としては、漫画読み力といえばいいのか、要するに漫画の詳しさを示す指標ともいえる、まぁ曖昧な言葉でもあるのだが、しかし一言で言い表せる便利な言葉でもあった。使いかたは、「俺、漫力たけぇから、この漫画を理解できる」「僕、漫力低いので、もっと沢山漫画を読むッス」みたいな感じである(本当にこんな言い方をしていたかは別として)。
そして、今考えてみれば、我々は、我々の漫力を侮られないように、持ち込んだ漫画でマウンティングをかけていた、という面は否定できないかもしれない。新入生に、「なんだ、漫画読みサークルとか謳っているけど、大したことねぇな、こんなんなら一人で家で漫画読むワ」と思われたら負けである。我々は勝ちにいった……(傲慢な表現だ)。
それと、もうひとつ、我々はある意味においてセコい戦略をとった。漫画を貸すのである。善意プラス、セコみである。なぜかというと、お察しのとおり、”返しに来てくれるから”である。強制リピーター機能である。自然にサークルに馴染んでもらうという、寸法だ。
こういった戦略(?)、あるいは我々の魅力のアピール(??)が、功を奏したのか、少なくない割合の方々が入会してくれることになった。結論からいうと、この日に来てくれた新入生の、半数以上が、最後まで(卒業まで)サークルに在籍してくれることになる。
さらにちなみに、記録が残っているので、この日に積み上げられていた漫画を、恥ずかしながらご紹介することにしよう……(今見ると本当に結構恥ずかしい。当時は2008年だったということも含めてご覧ください)。
ヨルムンガンド・放浪息子・残暑・イエスタデイをうたって・青い花・Dears・おやすみプンプン・ナショナルキッド・DDT・ゆびさきミルクティー・もっけ・ユリア100式・幻影博覧会・少年少女・BLACK BRAIN・ポーの一族・トーマの心臓・おつきさまのかえりみち・かすとろ式
以上。
さて、次週以降さらに、カオス、あるいはエントロピーが増していくことになる。
《続く》
現実的な日記13-3
聴覚に集中してみると、先ほどまで聞こえていたはずの喧騒が止んでいることに気づく。状況を鑑みるに、当たり前といえば当たり前なのだが、今の今まで、集中をしなければ気づかなかった。これも不可思議な現象だった。
しかし、全くの無音というわけではない。ゴポゴポと、まるで良く手入れされている水槽のような音がそこかしこから聞こえてくる。発生源はすぐに見当が付いた。元人間(?
)の青い柱たちである。耳を近づけて確認をしたいという衝動にかられたが、間違って触れてしまうと危ないと思い、押し留めておくことにした。
続いて嗅覚。なんとなく、何かが焼き焦げたような、若干香ばしいような、そんな匂いがする気がしたが、そもそも私は生来的に鼻が悪いので、自信が無い。気のせいかもしれない。どのみち、匂いの出どころの見当は付かないし、この件は保留しておくことにした。
味覚は飛ばすとして、最後に視覚であるが、それは見えている範囲内で、先ほどから十分承知していることである。360度、確認してみても、五本足の犬が消えていることと、青い柱があちこちに見えていること、それらのいくつかは移動を続けていること、やはりその程度しか分からなかった。
が、ふと見えていないものが一つあることに気づいた。自分が背負っているリュックである。これだけは確認していなかった。自分のものなのだから、何も異変が起きていないはず・・・と思いながらも、確認するに越したことはない。
リュックのジッパーをゆっくりと開けてみた。