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ねとねとねとはのねとねと日記

現実と想像とマンガ

『Horizon Zero Dawn』クリア後レビュー(シナリオのネタバレは無し)

一応クリアしました。まだそんなにやりこみ要素はやってないけど、そんなに量も無さそう。ただ、今後さらに追加される見込みはありそう。

ゲーム開始数時間の時点ではベタ誉めの勢いだったけど、一通りのストーリーを終えてみると、感想はまた違ったものになってしまった。良い点と悪い点があるオープンワールド型ゲームでした。

なお、私が今までやったオープンワールドは、スカイリム、FF15、ウィッチャー3、程度なので、この点においては比較材料はそこまで多くありません。

 

・良い点

世界観がgood。世界を蹂躙している機械獣を、民族衣装着こんだ主人公(女性)が弓を使って狩猟していく、ていう光景が、なんというか、美しい。かっこいい。

そしてその戦闘は面白い。弓で照準合わせるわけだけど、機械獣には弱点部位があって、そこに正しく当てないとあまりダメージを喰らってくれない。敵の攻撃も結構多種多様で、一撃が重い。動きも素早い。要するに、自分も相手も動き回る的当てゲームになっていて、そのアクションが単純に楽しい。ザコ相手でも油断ができないので一戦一戦が熱い。罠を設置するとか、草むらから隠れて奇襲するとか、戦略性も十分。というかそういうのを多用しないと、倒すのが厳しかったりする。ああ、ワイは今、狩猟をしとるんや、という、プリミティブ欲求が満たされる。Normalモードでも割と死ぬ。

ゲームの種別としては、昨今隆盛のオープンワールド型。機械獣がそこらの自然的風景の中で、羊のように群れている光景は新鮮だ。ただし、このあたりは良くも悪くもある。後述する。

 

・悪い点

これは人によると思うが、私にとっては、ストーリーがB級SFで、かつ欧米的価値観が強すぎた。ネタバレは避けたいので、具体的なシナリオについての言及はやめておくが、この価値観について、哲学的深みは期待できない。もう少しフランクに言うと、少々薄っぺらい。

このSF要素について、細かい部分が良く作り込まれているのは、端々から感じられるのであるが(フィールドのあっちこっちに世界の成り立ちについてのヒントが細かく散りばめられている)、なにぶん、根本的な価値観が、私に合わなかったので、「ふ〜ん」で済んでしまった。そうとなると、その細かい設定を見るのにも、次第にうんざりしてきてしまう。いくら枝葉が豊かに生い茂っていても、幹がしょぼいと、その樹木の魅力は大きく損なわれてしまうのだ。

繰り返すが、この部分は人によると思う。が、恐らく多くの日本人にとって、ちょっとした違和感くらいは持たれるんじゃないかと思う。盲目的にそれを受け入れるのはそう難しいことではないが、少なくとも「考えさせられる重厚で哲学的なストーリー」というものではない。まぁ、ハリウッド映画でよくある、地球ヤバイ、人類の叡智を持って救おう。人間サイコウ。みたいなイメージに近いものがある。

 

・良くも悪くもある点

オープンワールドの景色が、単調。どこ行っても同じような風景で、飽きる。緑の草原やら、砂漠のようなとこやら、雪山やら、もちろんいくつかの種類はあるが、この種類数との相対的にマップが広大なので、だから見飽きる。

そして主人公のキャラクター性。このゲームの前に、オープンワールドの代表作である『ウィッチャー3』をやったのも大きいが、キャラの魅力に欠いている。自分を投影するにはキャラが相対的に立っているし、物語に没入するにはキャラが相対的に立っていない。要するに中途半端な印象を、私は受けた。なんというか、ふつうの人なのだ。良くも悪くもふつう。それに比べて、『ウィッチャー』の主人公ゲラルトの、なんとキャラが立っていたことか。あいつはカッコよかった……。この物語の主人公のアーロイは強き女性である。戦う女だ。しかしそこまでカリスマ性があるようにも、カッコいいようにも、あるいは可愛いようにも、見えない。けどこの世界の他のモブ達は、みんな彼女をカリスマ的存在と見なすようになっていくのが、いささか腑に落ちなかった。お前、ちょっと戦闘力が高いだけの小娘じゃねぇか、という感じ。もちろん、物語中で唯一無二な役割は背負わされているのであるが、それでも、である。

あと、サイドクエスト。少なくもないが、多くもない程度の数。たぶん今後DLCで増えるとは思うが……。そしてこれ、また『ウィッチャー』と比較して申し訳無いが、これも一つ一つがそこまで魅力的では無い。またしても「ふ〜ん」となってしまう要素だ。たぶんこれは主人公のキャラがあまり立ってないというのも大きい。ウィッチャーのゲラルトさんは、厳しい修練の果てに絶大な能力を身につけた気高きオッサンであったが、この物語の主人公は、耳の上に運良く古代の秘密装置を付けて能力を発揮してるだけなので、それお前がすごいわけちゃうやん、となる。あなたが現代において道に迷わず目的地に辿り着けるのは、あなたの地理的把握能力が凄いわけではなく、googleマップ様が偉大だからだ。それと同じようなことだ。凄いのはその秘密道具なのだ。それで問題を解決しても、やっぱりうちらの主人公様はカッコよくてカリスマだぜ、とはあまりならない。

あと、マルチエンディングは無いです(たぶん)。選択肢が出てくる場面はちょこちょこあるが、どれ選んでも変わらない。だからこそ、根幹のストーリーはより一層重要になるのだが……。

 

・まとめ

・・戦闘は面白い。コンマ秒単位の動きで差が大きく出るので、一度戦闘が始まると、まったく画面から目を逸せない。手に汗握ると言える。

・・しかしシナリオは陳腐。作り込まれているだけに一層残念感が増す。欧米的価値観に万歳できるなら問題は無いと思うが、個人的には厳しかった。

・・キャラがいささか立っていない。

・・景色が単調。美麗ではあるけど。

 

こんなところでしょうか。あと、ゲーム音楽ですが、特に印象が残る場面は無かったです。ちょっと地味かな。壮大なボス戦音楽、とか、壮麗なフィールド音楽、とかでは無かったと思われます。

あと、寄り道しなければ、クリアにかかる時間は30時間くらいかな?

 

・最終的な評価

以上のように、個人的には色々と微妙なところはあったけど、それでも10点中で8点くらいの出来。古代民族感と機械獣との対比の絵面と、迫力の戦闘だけでそのくらいの面白さはある。アクションゲームと思えば良い。B級SFはオマケとして捉えればよろしい。

 

もしあなたが初めてオープンワールド型のゲームに手を出したいならば、まず『ウィッチャー3』をやった方が良いだろう。

ゲーム始めてすぐは『ウィッチャー3』と肩を並べられるか、と思ったが、そこまでではなかった。残念。なお『ウィッチャー3』は10点満点の超優良ゲーです。

漫トロピー⑨

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~これまでのあらすじ~

私の名はねとは。漫画を読むことに人生の意義を見出す種類の人間である。

ときは大学の3回生時。周りにはあまりその種の人間がおらず、そういう意味においては孤独を感じていた。

同好の士と知り合いたければ、大学にはサークルという素晴らしく便利なコミュニティがある。

そしてどこの大学でもそうであるように、京大にも漫研は存在していた。

しかし漫研は漫画を”描く”人たちが集まるサークル。私には適さない。

“読む”専門のサークルが無いものかと探し回ったが、結局京大には存在していなかった。

そんな折、二つの偶然が重なった。

一つは、高校の同窓生と「再会」したこと。彼はある意味において特殊な人間であった。

もう一つは、その年初めて訪れた年末のコミケで、東大の『TMR』という漫画読みサークルを「発見」したこと。

この二つの出来事と私のちょっとした思い付きがスパークした。結果、先ずは高校時代の友人に呼びかけ、自らサークルを立ち上げることと相成った。

サークルの名は『京大漫トロピー』。

これまで、その結成に至るまでの経緯を書いてきた。

以下からは、そのサークルの立ち上がりの様相、いわば<始動篇>なるものを記述していきたいと思う。

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3月5日。漫トロピー第二回の会合は、京大ルネではなく、丸太町ガストで開かれた。

皆の時間の都合で、深夜のファミレスにせざるを得なかったのだ。

当然皆ヒマな大学生なのであるが、特に忙しくもないのに結局、深夜に集合となってしまう。それがヒマな大学生の残念な特徴なのだ。

新入生もまだおらず、皆顔見知りの我々であったが、既に漫トロというサークルが興っていたからには、サークル活動として、漫画を持ち寄って漫談を行うというもの。

ガストのテーブルの上に、所狭しと漫画を積む我々一同。

その中には堂々と、快楽天や成人漫画の姿もあった(※事実として記録ノートに残っている)。

周囲を気にしないという善かれ悪しかれな漫トロの習癖が、当初から存在していたわけである。

この行動がキモいかキモくないかは、まったく、他者の判断に委ねられるし、そもそもキモいかどうかなど、問題にする必要は無いのだ。それがヒマな大学生の残念な特徴なのだ。

 

さしあたり我々は、最近読んだ漫画や、各自オススメの漫画の話などに花を咲かせた。

いま思えば、まだモヤモヤで具象化していなかったサークルの空気感を、手探りで形作ろうとしていたのだろう。けれど、それは無意識下で行われたことだった。我々はただただ、好きなことをしていただけであり、自然と収まるところには収まり、形成されるものは勝手に形成されるのだ。

そもそもサークルとして、漫画読みが「集まる」こと自体に既に意義があるのだ。

意識して同好の士として集まろうとしない限り、基本的には漫画読みは孤独な存在なのだ。

もちろん、これは漫画に限らず、様々な趣味嗜好に敷衍して言えることなのだろう。それが、コアであればあるほど。

そういうわけで、我々は顔を合わせて適当に漫画の話をする、それだけで楽しかったし、結果的に自然とサークルの雰囲気は醸成されていった気がする。

 

そんなふうに新歓の前に、サークルの具体的な活動あるいは雰囲気を形作るというのも、我々にとって大事な作業だったが、もちろん、迫りつつある4月の新歓にも目を向けなければならない時期でもあった。

さしあたって新歓で大事なことは何か? それはビラ撒きだろうと単純に考えた我々は、早速ビラを作ることにした。

 

さて、この段階でサークルのメンバーは5人だった。

一体新入生はどれだけ入ってくれるのか。そもそも一人でも入ってくれるのか。

最悪の場合、始動と同時に瓦解するのでは無いか。

いやいや、一人も入らなければ、我々だけで細々と活動していくだけのこと……。

当時は漠然とそんな風に考えていたと思う。

何はともあれ、このビラが今後を占う重要な役割を果たす!

 

しかし、入念に計算してそのビラを作成したのかというと、適当な我々がそんな緻密な行いをするわけがなく、もちろん、その場のノリで「これええやん」といった感じで、パパッと作った。往々にしてこの世の中、そういった直感が意外と成功するものだ。

どんなビラかというと、たまたまRex(※今後人名はハンドルネームを使用する)が持ち込んでいた『未来日記』のとあるコマを利用したものであった。

著作権的に微妙かもしれないので、ここではあまり詳細は語らないが、『未来日記』のヤンデレヒロインであるところの由乃ちゃんが、「殺すわよ!?」というセリフがあるコマを利用した。そこにちょいと我々が「え? 漫画読んでない?」と頭に付けてやれば、ほら、立派なビラの完成である。しかし、漫画を読んでなければ殺されるなぞ、まったく、理不尽な話この上ない。

その絵に付属して、我々メンバーのステータスとして、好きな漫画や漫画家、雑誌などを、ビラの下半分に羅列していった。会員A:アフタヌーン冬目景敷居の住人……会員B:ヤングマガジン華倫変……云々、のような感じである。

このビラは、ガストを後にしたあと、皆でRexの家に赴き、徹夜で作ったのであった。

 

《続く》

くそまんがの唄

きみはこんなこんな

くそまんがを描いてはいけないよ

 

ぼくはしってる

きみがこんなこんなくそまんがを

描きたくて描いてるのではないってことを

 

でもけっかてきにくそまんがに

なってしまっているということを

ぼくはざんねんに思わずにはいられないんだよ

 

きみはどうしてどうして

こんな雑なコマ割りをしているの

 

しっているだろうきみも

コマの形や大きさ

すべてに意味があるってことを

 

しらないはずがないだろうきみも

まんがは右から左に読むという当たり前のほうそくも

 

よのせんじんたちが

こぞってつむぎあげてきた

コマ割りのぶんかというものを

しらないはずがないだろうきみも

 

きみはどうしてどうして

マーケティングをわるいいみで意識するあまり

きぞんの作品のはりぼてをつくってしまっているの

 

しっているだろうきみも

ほんとうは自分のせかいを作りたかったんだって

 

しらないはずがないだろうきみも

あのときの夢を

いつだったかの憧れを

 

お金についていくというよりは

お金がついてくると考えるのがクリエイターだということを

しらないはずがないだろうきみも

 

だーめだよこんなくそまんが描いてちゃあ

だーめだよこんなくそまんが描いてちゃあ

 

いけないよぼくは許さないよ

知ってるんだぼくは

きみはほんとうはもっともっと

おもしろいまんがが描けるんだってことを

 

みせてくれよぼくに

くそまんがじゃない

きみの本当のまんがを

 

みたいんだぼくは

くそまんがじゃない

きみの夢と憧れのまんがを

 

ああくそまんが

ああくそまんが

 

くそったれなよのなかに

せめてまんがだけでも

くそったれであるなよ

 

ああまんがまんが

ああまんがまんが……

『ミザントロープな彼女』連載終了の蓋然性について

本日は3月7日。

good! アフタヌーンの発売日であるな?

まずそこから始めよう。その通り、発売日なことは確実だ。

そして、そのgood! アフタヌーンに『ミザントロープな彼女』は掲載されているな?

その通り、掲載されていることは確実だ。

お前はその掲載話を読んだな?

よろしい、読んだとしよう。

 

さて、その最終ページには何と書いてあったか、読むことができたか?

まずお前は「文字を読むことができる人間である」と仮定しよう。

その仮定に基づき、その字を解読してみることにしよう。

 

ミザントロープな彼女/おわり

ご愛読ありがとうございました!

厘の先生の次回作にご期待ください。

 

と書いてあるように見える。

ここで様々な可能性が発生するのがお前にも分かるはずだ。

 

① お前は本当は字が読めない

→これほどユニークでハイセンスなオモシロ漫画であるところの『ミザントロープな彼女』が突然連載終了するのは少々考えにくい。おっと、言い過ぎたな。突然連載終了するのは全く考えられない。よって、お前は文字の認識に過ちが生じている。

→だがこれは矛盾だ。文字が読めなければ、そもそもオモシロ漫画じたいを読むことができないではないか。

→やむなくこの可能性は棄却することにする。

 

②お前は字が読むことができるが、今回に限り、脳内で誤った処理が為された

→本当は全く違う文言が書かれているのに、白昼夢にお前は侵されている。やれやれ、このブラックな社会でお前は疲れすぎているらしい。これほどユニークかつハイセンスかつオモシロ漫画であるところの『ミザントロープな彼女』が突然連載するのは少々考えづらい。もとい。全く考えられない。よってお前は疲れすぎている。しっかり睡眠を摂った方が良い。母なる食事も摂れ。牛乳も飲め。

→この可能性は棄却できない。次号のgood! アフタヌーンにも『ミザントロープな彼女』は掲載されているかもしれない。

 

③お前は脳内でも正しい処理をした。ただし、違う世界線に迷いこんでいる

→元いた世界では連載が続いているのに、お前がブラックな社会で少々疲れすぎたせいで、闇に飲み込まれ、パラレルワールドに迷い込み、まるで悪夢のように『ミザントロープな彼女』が連載終了してしまった事実を目撃してしまっている。

→この場合は、元いた世界に何としても戻らなければならない。この世界においては連載終了してしまったことは事実だ。その現実を重く受け止めた上で、帰還することを目指した方が良い。私は喜んで協力する。

 

④お前は正しい処理をしているし、世界も同じ姿を保ち続けている。しかし、何らかの手違いで、文字が改変されてしまっている。

→編集者か印刷業者が間違えたか、はたまた作者自身が書き間違えたか。どの工程で過ちが生じたかは判然としないが、ともかく、何か手違いがおこっているのだ。

→この可能性は棄却できない。次号を待とう。これ以上は何も言えない。

 

⑤何も間違っていない。文字も正しい。

→オアアアアアアアア

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

オッ

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

オッオッ

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

⑥我々は幸せな人生を送っている

→このブラックな現代社会において、ココロのオアシスであるところの超絶オモシロ漫画であるところの『ミザントロープな彼女』を毎月読めるのは、本当に幸せなことだなぁ。幸せだ。幸せだなぁ。ありがとう、ありがとう!

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

⑦我々は前向きに生きねばならない。

→このブラックな現代社会において、オアシスは蜃気楼だ。漫画を読めなくても生きていかねばならない。それが人生だ。人間だ。社会だ。生物だ。地球だ。宇宙だ。全てはあるべきところにあり、収まるべきところに収まる。

 

⑧ピーちゃん、今日も元気だね!

→アヒルのピーちゃんは今日も元気! ピーピーうるさいゾ、まったくぅ。しょうがないやつだなァ。よしよし、ナデナデしてあげようネ。

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

⑨最終巻で書き下ろしがあるらしい

広告のページにそう書いてある。うん。あと二ヶ月先に単行本が発売されるらしいぜ。二ヶ月も期間があれば、きっとすごい書き下ろしだよ。違いねぇ。

 

オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

⑩お前はそれでも生きていかねばならない

→人生は過酷だ。イニシエーションの連続だ。

→生きねば。

 

⑪オアアアアアアアアアアアオアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

現実的な日記7

チャイムの音が鳴った。

ドアを開けると、ピーちゃんが立っていた。

「ピー、ピィピィ、ピピピッ」

 

チャイムの音が鳴った。

ドアを開けると、ピュイちゃんが立っていた。

「ピュイ? ピュイピュイ……ピュピュイ!」

 

チャイムの音が鳴った。

ドアを開けると、ピッピちゃんが立っていた。

「ピッピピッピピッピ!」

 

チャイムの音が鳴った。

ドアを開けると、白くて首が長く、クチバシが黄色い鳥が立っていた。

アフラックのCMでも見たことがあるような鳥だ。

「私はアヒルです」とその鳥は言った。

 

しかし、私はその鳥のことが全く信用できなかった。

何しろ、うちにいる3羽のアヒルとは形状が全く異なっている。

「嘘をつけ!」と私は叫んだ。

「信用してください」とその鳥は言った。「私はアヒルの理念型を体現しています。私はアヒルがアヒルであるための、あらゆる資質を備えているのです」

私は反論した。「しかし、うちにいるアヒルとは、姿形が全く異なるではないか」

「彼らは彼らでうまくやっているのでしょう。けれども」

「うちのアヒルを侮辱するか!」

私は手に持っていたアヒル・クビキリ・ナイフを振り上げ、そのアヒルと名乗る鳥の首を斜めに切断した。ガァーッという断末魔が、その生首から聞こえてきた。血も流れることなく、首と胴体はゆるやかに消失していった。

 

チャイムはもう鳴らなかった。

私はベッドへと引き上げ、3羽のアヒルと共に眠りについた。

何となく、これで平和になる、と思った。それは確信に限りなく近かった。

しかしアヒル・クビキリ・ナイフと、あの鳥との間を結ぶ、矛盾線が、確信を少しだけ遠ざけていた。

しかしこの世界に絶対は無い。私はそのことを、とことん理解しなければならない。それがイニシエーションであり、きっと今の私にとって必要なことなのだろうと思った。